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我慢と辛抱の違い。人生最大の不調から救われた言霊の力

メンタルケア

久々に落語を聞きに行ってきました。落語というのは何とも江戸の人々の情緒を感じさせるノスタルジックな情景描写をイメージできるとともに、その時代の人々の本当の”遊び”を学ぶことができます。素人ですが、落語の遊びとは、本当に心が暖かくなると同時に、人情について、社会での暗黙のルールによる秩序を笑いとともに学ぶことができる現代では非常に貴重な学び場のような気がいたしました。

さて、今回は立川談慶氏の本が売っておりましたので、思わず手をとって購入させて頂きました。

なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか

その内容は、あまりにも深く、あまりにも優しく、そして思わず笑ってしまえるというとんでもない本でした。その中でなるほど!と学ばせていただいた内容をシェアしたいと思います。

我慢と辛抱の違い

この言葉を気にもしたことがなかったのですが、なるほど!と思いました。本の文中をお借りしたいと思います。

辛抱とは「辛さを抱く」。それはじっと抱いて耐え忍ぶ姿。我慢とは我と慢の言葉から「強い自負心、自分本位の心」と解いています。愛情を持って受け入れようというのが”辛抱”であり、マイナス感情で立ち向かおうというのが”我慢”であると伝えています。辛抱は長期的行、我慢は短期的行為と。(P78)

読んでいてなるほど!と思ってしまったのでした。

例えば、お産の時に「もう少し我慢ですよ」とはしっくりいかず、「もう少しの辛抱ですよ」のがしっくりきたり、山登りできついときも「もう少しの辛抱だ!」のがなんだか頑張れる気がするなと(少し短期的ですが)。かたや我慢となると、我慢して食べるとか、ネガティブなイメージが強いなと改めて感じました。我慢を感じるとネガティブなイメージとなり、辛抱は未来への期待と読み取れると感じました。

これは、人の成長を見つめることにも繋がります。「我慢している」と言うと無理をしているイメージが伴います。しかしながら、辛抱とは、本にも書いてありました鈍力をもってした”相手への配慮”。これは、せっかちな私も学ばなくてはと思うところです。

成功者は辛抱。それを支えるは己にあり

数々の成功者を見てきました。その方たちはみなさん”突き抜け人”。業種はとにかく様々ですが、我慢の話を聞いたことがありません。そして、様々な悩みも聞きますが、”辛抱”しているのです。それは他者に対する愛情そのものなのだと思います。ではなぜ辛抱ができるのか?それは、自分を信じる心を絶やさず持ち続けているから。に他ならないのではないでしょうか。我慢の人は、転々と仕事を変え、何屋かもはやわからなくなります。しかしながら辛抱は、自分を信じてのこそなので、必ず世界が付いてくると信じて疑わないのです。我慢の人は、何を信じていいのか悩み、世間に踊らされてしまうが故に転々と自分を七変化させてしまうのかもしれません。

自分を信じきること

何かをしたい時、それは辛抱が伴います。でも本当に辛抱できる人は、自分を真っ直ぐ信じれるか否か、にかかっているのだと思うのです。誰から何を言われようとも、ツッコミをされようともブレない力、(ツッコミに付いても談慶師匠の本に記載されています)それは、自分を最大限に愛することに他ならないのだと思います。

ピカソの絵がわかりますか?我慢からの解放

我慢するくらいならしない方がいい。わたしは全く我慢が向いていない性格だったので、自分の好きなことだけをしてきました。そこに辿り着くまでにはある我慢がありました。我慢をしていたら具合が悪くなったのです。それは想像を超えるものでした。熱を出す、髪が抜け落ちる、気力がわかなくなる、など。ひどい精神状態に陥った20代後半。病院にもたくさん行きました。しかしながら明確によくなる兆しが全く見えないのです。

そこで出会ったある人に言われた一言で世界が変わりました。それは「あなたはピカソの絵が理解できますか?」と。全く理解できなかったので(その質問自体)「わかりません」と伝えたら、「あなたはピカソの絵と同じだと。だから勝手にやってください。」と言われたのでした。誰かにわかってもらうことが辛さの原因だと。しかしながらあなたはピカソの絵と同じだからわかってもらえない。わかってもらえなくていいから”勝手にやりなさい”。と。そこで電気ショックが起きたようにハッとさせられました。誰かのジャッジもどうでもいいし、どうせわかってもらえないのなら勝手にやりなさい、と言われたのです。それはまさに我慢からの解放そのものだったのかもしれません。その言葉をいただいてからピタッと髪が抜け落ちることも不眠に陥ることもなくなったのです。言葉とはまさに言霊であることを初めて知ったのでした。

そして、自分を真じるために辛抱をしました。辛抱とはとても楽しいものです。未来への展望のために、タイミングを見計らったり、コツコツと勉強を重ねていればいのです。これはどんなに辛いことがあっても楽しめました。なぜなら辛抱は、「自分を信じた未来への投資」だったからなのだと思います。

我慢と辛抱。言葉は言霊。これをしっかりと使い分けながらまたひとつひとつ精進しながら自画自賛していきたいと思うのです。

 

 

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