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継続は”やるべきこと価値”を見つけ出すことで可能となる

先日ある話をしていて

「一つのことを継続すること、それを諦めてしまう人が多いです」

というような話をしていました。なんとなく諦めてしまう人の気持ちも理解できますし、継続することの大変さも正直理解できるなと感じました。

さて、今回は諦めない力を絶やさずいるためにどうしたらいいかと自分なりに考えてみました。

すぐに参加ができる仕組みで始めるきっかけの”可能性”が広がる

これは、現代において情報化の多様化がやはりあるのかなと感じます。例えば華々しく生きているような人たちのSNSを追いかけていたりすると、憧れというものが存在してきます。そして、自分もこうなりたい!と思い、目指すための入り口が非常に富んでいるからこそ、参加者が多く募れる仕組みだなと思うのです。この仕組みは非常に効率的で、すぐに情報を共有できとても便利だと思います。

しかしここで問題となるのは、どこまで継続できるか?

では、継続のためにどんなエッセンスが必要か?

価値

ではないかと思うのです。価値をシンプルにまとめてみますと、大切にしたいこと。

例えば、何かを初めてみて、継続してもしなくてももちろん問題ないのです。

何かを試みる

という心そのものが大切だと思うからです。そこから本当に自分にとっての価値となるものを見つけてみたらいいと思うのです。本当の価値となるものはきっとこんなことが起きても継続していくのだと思います。例えば

  • 自分の発したことがその時人の心に響かなくてもめげない
  • 発表してみたことが、賞賛を得なくとも気にしない
  • 何回試みて、それが通らなくても次の手を考えられる

上記の事柄で物事を諦める真相心理が実は存在します。それがモチベーション理論と言われるものです。

モチベーション理論

  • 相対的評価となる外発的動機づけ
  • 絶対的評価となる内発的動機づけ

というものが存在します。詳細については、モチベーション理論やハーズバーグの理論を検索して頂ければと思います。(大学の講義だったのでちょうどいいサイトがすぐ見つからず失礼します)

例えば、外発的動機づけは、シンプルにまとめますと、

自分ではコントロールできないもの

この根底は”人からどう思われているか?”が非常に強くあります。上記にあげた3つの内容は自分でまとめたものですが、これは他者がいて成り立つことなんですね。この内容はときに、会社で昇格があった!とか、何かの賞賛を得ることで非常にモチベーションとして高まるものです。

rawpixel / Pixabay

次に、絶対的評価となる内発的動機づけは、”自分を信じる”ということです。これが何かを継続させるという根底になると思うのです。例えば、職人さんや医師、学者などが当てはまるかもしれません。

duongtoan / Pixabay

この双方において、実はどちらも人生において必要な要素であると思うのです。料理人の人が、切磋琢磨して料理を作り、(内発的動機づけとします)お客さんが賞賛(外発的動機づけ)する。このループこそがよりよきものを生み出していくのではないでしょうか。

姿勢なんて誰からも気にも止められなかった

自分の話をしたいと思います。私が、姿勢を整えると痛みが消えた!と発見したことで、そのセミナーをしないかと営業に行ったことが過去にあります。しかしながら、結局見向きもされなかったのです。これが過去の実情でした。あらゆるところで、ふーん、という感じだったのです。これを自分で持ち帰り、今思うと

自信がなかった

のだと思います。とはいえ、絶対に必要としている人がいる!と信じて疑いませんでした。そのためにどうしたらいいか?これはバイブルとなるオステオパシーのフルフォード博士の本に一言答えが書いてありました。

心の手を動かしなさい

心の手とはなんだ!?と思いました。7年前にサロンを作りましたが、宣伝もせずにきました。心が折れそうになるときもとにかくありました。その度に”心の手を動かしなさい”という言葉が背中を押し続けてくれました。何をしてきたかと考えると、来る日も来る日も専門書を読みあさり、人とセッションし、人の行動観察をし、その人の感情を紐解く訓練をし、自分の感情を紐解く訓練をしてきました。外を歩きながら、人の歩き方、骨格をずっと眺めていました。

これが自分でできた理由は、その”価値”を信じて疑わなかったからかもしれません。そのモチベーションとなったのは

必ず求めている人がいる

と信じて疑わなかったからだと思うのです。

Aウォーキングも参加者を募ってある日始めました。これは、一緒に始めた友人が一言言ってくれたのです。「誰も参加者いなくても絶対続けようね」と。自分の心が折れそうになっても、必ず背中を押してくれたのです。そして、現在では、全く知られていないAウォーキングというものを、自治体などでできるようになり、参加者の方々から「健康になる!」と言って頂けて続けてこれて良かったなと思っています。

そして出版もできました。これも、編集さんが「このメソッドはみんな求めているから絶対世に出しましょう!」と言ってくれたのです。

継続するしないの決定要因

多分ですが、継続する、しないの決定要因は

・やりたいこと→やるべきことに生まれ変わる

”やるべきこと”になると物事の見え方が全く違って見えるようになります。

  • 人の求めることを紐解き、その答えを導き出す

このために、”心の手”が必要になってきます。そして、これは誰のせいにすることも、なかったことにもできないことです。必要なのは、

  • 自分に何が足りないのか?
  • 何を学ぶことが大切なのか?
  • 求められていることは何か?
  • 常に心をニュートラルな位置において置けるか?

です。心の手を動かし続けること。これが継続となります。そして常に孤独です。それでも諦めない力のエネルギー源があります。それが

人からの「ありがとう」という言葉。

これに他なりません。

誰かのために生きるということ

誰かのために生きるということは喜びです。

ある日父にニューヨークから帰ってきたときに連れて行ってもらった場所がありました。それは栃木県のとある田舎のお寺でした。そこには石碑が立っていました。その石碑は、父の祖父へのお礼の石碑でした。父の祖父は、学校の校長先生をしていたとのこと。まだ農民が学ぶ施設もままならない時代に、曽祖父は引退後、全ての私財を使って寺子屋をしていたとのことでした。そこで学んだ子供たちが偉くなり、その寺子屋に石碑を立てたとのことでした。その時はそうなんだ、くらいでしたが今思うと尊敬の念でいっぱいになります。

話はそれましたが、やるべきことのために何が必要かを考えてみますと

  • 過去の自分を捨て続ける
  • 諦めない

要するに自分の中で常にリセットボタンを押し続けられるか?だと思うのです。それはとにもかくにも”思考”です。そして自我を捨てること。常にその場、その時々でニュートラルな状態を築けるかだと思っています。自己分析となるメタ認知とは非常に難しいものですが、”やるべきこと”を見つければ、必ず背中を押してくれると感じています。

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