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自分と向き合う生きる姿勢。目指すものを手に入れるためのビジュアル作り

メンタルケア

セラピストとして日々様々な人の姿勢を整えるお手伝いをしていると、沢山の人の”生きる姿勢”を共に見つめることができます。

これは自分にとっても非常に勉強になり、その人の姿勢が美しくなると、あ、何か変化が起きたのだなと感じるのです。それは、思考の豊かさが増えることでその人の周囲の環境が変わったり、新しい出会いが増えたり、仕事の調子が良くなったりと様々にあります。

”生きる姿勢”とは非常に難しく感じますが、クライアントさんたちとのセッションで頻繁に使用する比喩表現があります。

それがスポーツにおける立ち位置やフィールドだったりします。これが人生の生き方を見回すのにとても役立ち、互いに話が盛り上がりやすくわかりやすいのです!

スポーツというわかりやすい例えによって、自分の目指す道をビジュアル化しやすくなるかもしれません。

そして、自分や環境と向き合う姿勢のあり方、人生の方向性を見つけるヒントとしても役立つような気がしています。というわけで普段私がクライアントさんたちとのやりとりで行なっているsanare流(オリジナルです)の方法をシェアしたいと思います。(楽しんでいただければこれ幸い)

 

サッカーのグラウンドにいる気分で自分のポジション、目指すべきポジションを模索してみる

クライアントさんたちと日々話をする中で、よく例えることがスポーツです。まず、「昔どんなスポーツをしていましたか?」と問いかけます。これは、筋肉や、骨格のくせなどもリサーチする手段となるのですが、思考の柔軟さをより広げるためのツールとしても非常に役立ちます。

例えば、過去はサッカーをしていたというクライアントに対してはサッカーを例にたとえます。

ご本人の進みたい道や悩みなどは、身体と心は繋がっていることからお悩み相談のような機会が多々あるのですが、その人の思考をビジュアル化するためにスポーツを例にとります。

例えば、人の働き方だったり思考の方向性だったりをスポーツのフィールドに当てはめて考えてみます。

その人の守備範囲はどこなのか、守りなのか?攻めなのか?

そしてどうなりたいかをまたスポーツのフィールドに例えて話していったりします。

監督席に移動する必要があるのか?プレーヤーでいたいのか?などを話していくうちに本人のいるべきポジションを探し出すことができます。

経営者の方がクライアントには多いのですが、攻めることが好きな人でもそろそろ現場から離れる時期かなというときってあったりします。

「そろそろ監督席に移動する時期かな。」などと会話すると「そうなんですけどねー攻める方が手っ取り早くなってしまったり、楽だったりするんですよね。」

など比喩をしながら話すことで互いにフィールドのコートに立ち、芝生の真ん中であぐらを組みながら「どうする?今後。」みたいな会議をしている気分になるのです。

「あーそれはまだFWですよね。」とか、「自分はMFが好きなんですよね。」などと話が膨らんでいくと自ずと自分の好きなポジションが理解できてきます。「でも、そろそろ現役引退してコートを離れる時じゃないかな?監督席ありますよ。」とか。←あくまでも仕事や思考の仕方の例えをポジションに置き換えてる感じです。

この会話はとても楽しく、そして心地よいリズムを”人生の選択肢”という世界で刻んでいくことができます。

flooy / Pixabay

自分のいるポジションの位置、景色をイメージしてみます。プレーヤーだと一生プレーヤーになってしまう。しかしながらプレーヤーとしてもどこまで一流になるかを想像してみます。ヨーロッパリーグの名プレーヤーとか伝説、歴史に残るようなプレーができるのか否か?そうでなければコーチなのか、監督席へ移動するか?みたいなイメージです。監督席に行かなくてはならない場合はスポーツをやっていた人なら何が必要で何が自分に足りないのかが明確になってきます。

それは、俯瞰してみることだったり、視野の広げ方だったり、未来においての希望をプレーヤーに呼びかけ、その思いを一つにし、団結させるカリスマ性だったり。

すると何が必要になってくるかがまたイメージしやすくなってきます。

七番と言われた話

例えば野球をしていた人であれば、今現在何番バッターなのか?と問いかけるのです。これは、実際に過去に私が言われた言葉でした。

「君って七番くらいなんだよね。」「七番て微妙じゃないですか!?」「そ、替えがきいちゃうんだよね。」。。。替えって。。

「で、結局何番目指す?」むう、ここは四番と自分の位置を顧みずとも言ってみるか。と思い切って言ってみると、「4番はいいけど、継続大変だよ、四番でい続けるって大変なことだからね。」

カキーンとホームランの音が聞こえると同時に最後の甲子園みたいな夕暮れの空を想像してしまうのです。さて、それも草野球なのか、甲子園なのか、はたまたアメリカの大リーグの空なのか?人の想像力はどんどん膨らませると少しずつ

自分がどうしたいのか?

がなんとなく見えてきたりもするのです。

様々なクライアントさんたちとは、非常に年月をともにしている方が多いので、「今は攻め時でないから送りバントでも練習しときますか!」とか「気合い入れても試合はまだだから、とりあえず体力を養いましょう。」などその人それぞれの人生においてポイントを絞りやすくなってくるものです。

自分を見つめる英気を養う時期

攻めても空回る時って誰でもあると思うのです。そういう時って実はとても貴重な時間だったりします。

自分を見つめなおし、一人黙々と素振りをながら自分に英気を養う時期にしてみるのです。すると、焦りや不安の種を減らす素敵な時間へと変容します。見えない栄養をたっぷりと身につける時期だったり、自分と向き合う姿勢を正し直せる時期なのです。そこで旅に出てみるとか、読みたい本を読んでみるとか、運動してみるとか、食事に気をつけてみることで自分がバッターボックスに立った時に新たな自信となってハツラツとした姿勢で立ち向かえるような気がするのです。

 

858265 / Pixabay

その人その人にあう”向き合う姿勢”と向き合い方のビジュアル化みたいなものがなんとなくみんなそれぞれで、時には、柔道を連想することもあったりします。

人と向き合う

礼をしてみたものの、帯を取り合いどちらにいったらいいのか分からず、ともに円陣を組んだまま、ぐるぐる回転しているとか、そこからどこで引き、どこで攻めるか、などのビジュアル化をすると”駆け引き”がなんとなく見えてきます。そして、いつになったら黒帯をゲットできるかとワハハと話していることで共に想像力も増し、実際に自分に何が必要なのかも見えてきたりすることが沢山あったりします。

人と向き合う姿勢とは、実は、”自分を見つめ直す姿勢”に転換できたりします。

自分が目指すものによって自分の環境は自然と変わるでしょうし、その環境に見合う自分に変化させていく必要ももちろんあります。次こそはバッターボックスに立つぞ!とか、次こそは、大リーグ目指すぞ!とか、想像力とともに”生きる姿勢”となるフィールドを楽しみながら広げようとすることが人生においてとても充足した時間になるのではと感じます。

もちろん怪我をして試合に出るどころか、療養をしいられる時もあります。でもそれも英気を養うときだったりします。人は怪我をした理由を考え、あの時どうするべきだったかと振り返ることになるからです。そこで伸びるのは、

自分のポジショニングを見つめ直せる人

なのかもしれません。相手のせいではなく、自分がどうあるべきだったか?自分はその環境にフィットしていたか?など見つめ直してみるのです。すると、足りない何かが見つかってきたりもします。

自分で自分の生きる姿勢を見つめ直すことで何か新たな目標や練習方法が見つかることって結構あったりします。相手は変わらない。だからこそ自分が立ち位置を変えたりすると自然と相手も変わってくれたり、環境も見合ったものになってきたりするものです。怪我をすることで、新たな自分を発見することができるようになったりするものです。

私も過去にプロダンサーとして踊っていましたが、怪我をするたびに、あーこのくらいが限界なんだな、と少しずつ自分のキャパシティを把握するようになってきました。そしてフィジカルをどう整えていくかも日々年齢と共に変化していきました。

前向きで自分を見つめる姿勢が美しき健康を手にできる

前向きにあろうとする姿勢、自分を見つめる姿勢、それは、必ず美しい健康へと繋がります。実際に何人もの人を見てきて、進もうと心に決めた人はどんどん脱皮していくように美しい健康を手に入れてきたのを垣間見てきました。その姿勢をみて自分ももっと成長しなくてはと思う日々です。

怪我をしながら、それでも自分のポジションを変化させていくこと。そして新しい環境や新たな人と出会い、またそのフィールドで駆け回ること。ベンチに居続けないこと。これは「君って七番なんだよね。」と言われた日から心に決めたことかもしれません。

 

 

 

 

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