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さらに自分を満足させるための対話方法。ゴールは後悔しないこと

メンタルケア

ストレスとは通過儀礼であるということ。精神面が身体に与える影響は陰陽様々に変化するもの。だったら,自分をより幸せに日々笑顔でいられるように心がけていくことが人生の喜びのような気がします。

とはいえ,社会は人と調和を生み出そうと日々誰もが,様々な葛藤の中で生きることは少なくありません。そこで今回はより自分を心から健康に美しくさせていく方法をまとめてみました。

  • ストレスは新たな自分を目指すための通過儀礼
  • ストレスを自転車に例える。田んぼに落ちて泥だらけになったエピソード
  • 自分との対話方法
  • 仕事で経験した信頼関係の築き方
  • 自分を満足させること
  • 祖母からもらったゴールを目指した道筋
  • 姿勢は精神を映し出す鏡

 

「自由でいいよね,ストレスなさそうでいいよね」

と言われることが多々ありますが,これって実は最高の褒め言葉をもらっていると思います。

この仕事をしていて一番に心がけたいことが,

みんなと笑顔を共有すること。

身体の痛みを抱えている人も,帰りには痛くなくなってる!楽になった!姿勢が良くなった!と喜んでもらうことが最高に喜びなのです。共に喜びを共有できること。だからこそ,まずは自分が常に笑顔でいる必要があります。

ストレスとは自分のステージをあげる通過儀礼。自分の見つめ方

「ストレスとかあります?」

と聞かれることがあります。聞かれると,「ストレスをストレスではなく,学びに変えるのでストレスという認識からは若干ずれますね。」と答えます。(結局ストレスとは解釈次第ということ)

ストレスってそもそも回避するものではなく受け止め方の問題だと思っています。ストレスとは実はギフトであったりするなと思うのです。そもそもネガティブな物事をストレスだなあと感じるかは実は主観的な見解でしかなかったりするから。

ネガティブなストレスと感じることを”自分を一皮向けさせるための通過儀礼”と考えるとギフト感が増します。超えられない試練は与えられないからというように,なんとかなるからなんとかしなさいよ,とどこかの誰かが天の声のように伝えているかもしれません。そう解釈すると

「これは成長する時ですよ。」「自分をもう一段階持ち上げる時ですよ。」という合図であったりします。

ストレスとは操縦次第

ストレスというのは物質的に考えますと,ある程度必要なものであったりします。それは,自転車にブレーキというストレスがかかることで事故を防ぐ役割を担います。

Free-Photos / Pixabay

そういえば昔初めて自転車が乗れるようになった時のこと。わーいわーいとはしゃいで母に出かけてきてもいい?と尋ねると「気をつけてね。」と言われ,自転車をガンガン漕いでいたのですが,カーブに曲がる能力が低すぎて水の引いてある田んぼに突っ込み泥だらけで帰ってきて,「あんた,どこ言ってたの!?」と驚かれたことがあります。(怒られはしませんでした)

そう,ブレーキとなるストレスって操縦可能なんですが,操縦方法を身に着ける必要があるのですね。

人の場合に考えると,ストレスを放っておくと,病気や疾病になるリスクが増えてしまったりします。物質と違うことは,ブレーキに変わるものは人間にとって思考だったり,見解であったりするかと思うのです。

だからこそ,何か嫌だな,と感じた時は”心”を見つめ直してみる時だったりします。そして,ストレスと感じるか否かはあくまでも主観的思考となるため,次のことを考えてみたりします。

まずは原因追求,そして,自分にとって足りないことは何か?そして,自分も含めたみんなが幸せになるための解決策。そこに必要なエッセンスは,

  • 自分の弱さを見つめ直すことができるか

のような気がします。とはいえ,自分の弱さを見つけ,修正するという方法は時に難しくもあります。でも,自転車のハンドル操作を学ばないとまた田んぼに落っこちて泥だらけになってしまうかもしれません。

ハンドルの操作方法を学ぶように大人になってからの心のストレス対処に私の場合はどうするかというと,

  • ヒントとなりそうな本を読む(アドラーやアリストテレスなどの哲学書など。)
  • 自分を叱ってくれる人に聞く(よく叱られます。怒られるとは違います。)
  • 自分の心の状態を日々書き出す(ノートが何年分もたまりました。)

などをします。とはいえ,ストレスを抱えっぱなしは身体に支障をきたします。私の場合,3日間とルールを決めてひたすら上記の作業を永遠と続けます。なぜ3日間というかというと,

”人生は短いから”,”その先に明るい何かが見えるから”,”肉体,精神を疲弊させないため”

この答えにたどり着きます。しかしながら何かを変化させようというのは非常に痛みを伴うのです。

コンフォートゾーン。自由も不自由も

痛みを伴うため変化を求めない人ももちろんいます。これはコンフォートゾーンといい,快適な状態を心理の奥底で保ちたいという人もいます。何かしないとと思っていても,快適な状態が保てるからまあいいか,と感じる人も少なくありません。

掃除をしなきゃと思ってもなかなかできないなどは,深層心理において,それはそれで意外と快適と思っているからです。変化とは痛みを伴います。だって一皮向けるのですから。だからこそ,快適なコンフォートゾーンも存在します。自分がそれで満足であればそれでいいのです。基本的にストレスやネガティブな事柄は対自分との語り合いとなるからです。

他者は変わらない,なら自分が変わるか否か。

そしてもちろん3日間では終わらないこともあります。でも何かの糸口や光が見えてくるのです。それはひたすら自分と向き合う日々。すると,ピカーンと雲が晴れてくるようになるのです。これは自由という何かを手にすることに例えられる気がします。

自由も不自由も

自由も不自由もあります。不自由な環境に身を置くことは時に安全地帯であることもあります。そして自由を好むことはまだ見ぬ大陸に夢をはせ,不自由になることをわかりながらも大航海に旅立つような人々の心境かもしれません。だからこそ変わるということにはとてつもない勇気が必要になるのかなあと思います。怖いだろうな,大海原,,と想像しただけでぞっとします。勇気,勇敢であることってすごいことだと思います。

最近感じるのは,様々な働き方があるよね,という風潮。企業の役員クラスのクライアントさんと最近話す内容なのですが,”自由も不自由も”と考えてみました。

終身雇用も,自由に働くもどちらでもいいと思います。ただ,自由を獲得するには大航海が待っているということもあります。不自由である中では,人と向き合う社会において,自分自身が鍛えられることにもつながると思います。楽をしたいは結局なくて,向き合い方のツールを広げることはどちらも変わらないのだと思います。

コンフォートゾーンから一度抜け出し,自分自身と向き合うことをしてみると,そこには何か新しいことが待っているような新たな扉があったりします。だからこそ,変わろうとする心も楽しめたりするのです。そして,新たな自由を見出します。

対人関係を良好にする方法。伝えあう

対人のストレスだったりする場合は大体の原因は,

コミュニケーション不足

であることが多かったりします。これらの打開策で今一度点検したいことが,小学校の頃に習った報告,連絡,相談です。この最もシンプルなスパイラルを丁寧に続けることで互いにわかり合えたり,余計なストレスをかけあうことがなくなったりします。

伝える,伝え合うということは我々人間ができる行動としてとても豊かなツールです。それは向き合うということにつながります。向き合うということが,信用,信頼関係に繋がったりします。向き合い方は仕事関係,友人,家族,恋人など様々になるでしょうが,話せばわかりあえることって意外と多いように感じます。

信頼関係の築き方。10を一つずつ刻んでいく

ある仕事で,広報の方と店側の方と私とで仕事をしたことがあります。その時に,店側の人がどうしたくて,広報はどうしたいかがなんとなく不穏な感じがしたのです。その間にいる自分は第3者となるため客観的に見える立場にいたので,「〇〇さんはこれが問題と思ってこれをこうしたいのですね。」「〇〇さんはそこに対してこう思っているのですか。」と間を取り持ってみたら,そうなんですよね,と穏便になったのを覚えています。その時に,人はしっかりと伝えあえば分かり合えるのね,と学んだのでした。伝えるというのも行動となります。

行動をどう変化させるか,伝えたい事柄は実は刻むことができます。10を1に刻んでいく作業をします。これはこれで大変ですが,刻んだ1を確認をしていけば意外とストレス要素の原因追求やストレス回避に繋がることってあります。

1に刻む作業が大変だし,面倒というのもわからなくもないです。しかしながら先々の見通しを考えるとそれは決して無駄な作業ではないかもしれないのです。料理の手順方法のような感覚だと無駄が無駄でなかったりするイメージはつきやすいかもしれません。

他者は変わらないのです。わかって欲しいと思うことがストレスになったりします。他者が自分の希望通りに動くことももちろんありません。だからこそ自分が自分のために行動を変化させ,思考の幅を広げていく必要があるのだと思います。そのツールが料理のレシピを作るように,伝えたいことを順序立てて伝えていく。自分が伝え方を変えれば,自分がちゃんと伝えられたと後悔しないですむはずです。

急がば回れ!という言葉。

まさにその通りかもしれません。

まずは自分を満足させ,喜ばせる

行動によって自分の心は変わったりします。でもそれは,誰かの評価を獲得したい,とか,承認されたいということではなかったりします。評価,承認はよりも”自分”。

自分を満足させる

まずはこれが大前提のように感じます。これは10年も多くの人の人生を身近に垣間見てきたことで感じることです。子供のために,誰かのために,で苦しむ人は少なくありません。誰かのために,と考えると,その”代償”を人は欲するからです。それが世の常であることは事実です。しかしながら,例えばギフト一つでも,

”あなたの喜ぶ笑顔が見れることが自分の幸い”

と置き換えられればそれで自分は満足できるのではないでしょうか。ある脳科学の話ですが,人はしてもらったことよりも,自分のしたことの方が記憶に残るらしいです。

だからこそ自分を満足させてあげてください。自分が満足しているとその側にいる他者も喜んでくれますよね。自分を満足させ,自分が喜ぶことをするとその波動がぱあっと周りに伝染してみんな明るい気持ちになったりするのではないでしょうか。

ゴールは自分が後悔するかしないか。祖母からのギフト

これらのゴールを先に考えると

自分が後悔するかしないか

という指標で私は考えることが多いです。人生の逆算していきます。自分のためにとなると,承認欲求も,他者からの評価も気にする必要が無くなります。評価,承認はドラマであり顕在的。自分がどうありたいか,どうなりたいか。が本質を追求した潜在的なことに近くなるような気がします。

例えば肉親が亡くなることを考えた時に,その時に悲しみで明け暮れるよりも,生きているうちにこれだけできた,共に幸せを分かち合えたと思えるような行動をしておけば,きっと

”ゆっくり休んでね,ご苦労様”と言えるような気がするのです。

これは自分の両親が祖母を見送る時に言っていました。「生きているうちにできることは沢山したから祖母は幸せだったと思う。」と。確かにできることは精一杯生きているうちにサポートしていました。父も母も笑顔でいつも楽しみを共有したり,亡くなる前もできる限りのことをしていました。サポートのあり方はこれからの時代様々になるでしょうが,

自分が後悔しないために

この指標は,私は祖母と母のやり取りをみて学んだのでした。

そして,祖母も「自分が亡くなったらここに電話だけしてね。」と医師に伝えていたのでしょう。葬儀から全てがとても円滑に進んでいったのでした。葬儀屋さんは「全てご連絡いただいておりましたので。」とのこと。母と私で祖母は凄いね,と感心したほどでした。

祖母も人には迷惑をかけたくない人でしたので,亡くなってからのことまで完璧でした。祖母は感謝を忘れない人でした。いつも必ず見送ってくれました。一つ,棺桶だけは選んでいなかったので(選べるんだ!とその時知ったわけですが),親族でこれでいいかね,などと話したくらいです。

姿勢は自分を見つめるツールとなる。ポジティブさは健康という美しさを生み出す

ストレスに話を戻します。物事をポジティブに考えるのもネガティブに考えるのも要するに自分次第となります。ただ,人と常に向き合い続ける仕事をしながら思うことがあります。ポジティブに変換できる人は心が健康になります。

そしポジティブにこうなりたい!と思った時に姿勢って不思議と変化していくのです。これは私自身にも当てはまりましたが,気持ちが優れないと姿勢って伸びないのです。でも,こうしたいという希望があれば変化することができます。そう,身体から精神を変化させることは可能なのです。

年齢を重ねるほどに肉体は自然と衰えていきます。そこをカバーするのは精神面だったりしますが,肉体と精神は常に連動しているとやはり思います。肉体から変化をさせることで心のキャパシティが広がるかもしれません。そして精神と向き合うことで身体を健康にさせようという意欲が湧いてくるかもしれません。ですのでどちらからアプローチしてもいいと思うのです。

私の場合は,精神的なポジティブさが姿勢を変化させることで可能になることを知ったため,姿勢調律というツールを出会った人とシェアしながら共に喜びを共有していく方法を獲得したというわけです。シンプルイズベスト!

人は時にネガティブになる時はもちろんあります。そんな時は,超ポジティブに変換させます。ポジティブに変換させることって驚くほど元気になるのです。そう,元気とは”元の気”。実は元に戻すということなんですね。それが潜在的に求めていることに答えるという作業。姿勢は元に戻すという作業。ニュートラルな状態。この姿勢のニュートラルな状態を築き上げると元の気に戻ります。

ネガティブはドラマです。このドラマというワードは実は20代に悩んでいた時にある人からポンと言われたのでした。その言葉がその時の自分を脱皮することに繋がったのだと思います。言葉とは偉大です。

過去記事はこちら

夢と志。どう成りたいかとどう在りたいかが生き方を変える

 

後悔しない人生は求めれば獲得できると信じています。皆様の笑顔が増えますようにー

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